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お知らせ

2023.09.21

教育研究

結核菌細胞壁糖鎖の分解を担う酵素群を同定 -D-アラビナン糖鎖を完全分解するための酵素群の機能解析と結晶構造解析に成功-

 農学部食料生命科学科応用糖質化学研究室の藤田清貴准教授らの研究グループは、東京大学大学院農学生命科学研究科の伏信進矢教授らと理化学研究所の石渡明弘専任研究員らと高エネルギー加速器研究機構の清水伸隆教授らのグループとの共同研究を行い、D-アラビナンを完全にD-アラビノースに分解するための4種の酵素を発見し、それらの遺伝子を突き止めました。さらに、そのうち3種類の酵素の結晶構造解析に成功し、これらの酵素のD-アラビナン分解の反応メカニズムを詳細に明らかにしました。
 D-アラビナンは、結核菌をはじめとした抗酸菌の細胞壁を構成する糖脂質であるリポアラビノマンナン(LAM)や多糖であるアラビノガラクタンを構成するD体のアラビノースが繫がった複雑な多糖です。D-アラビナンを有する抗酸菌にはマイコバクテリウム属、ノカルディア属、ロドコッカス属などが含まれます。このうち、病原性を持つ菌は結核菌などのマイコバクテリウム属の一部だけであり、D-アラビナンを有する抗酸菌の多くは病原性を持たない一般土壌細菌として土壌や水辺など広く生息しています。なお、植物のアラビノースはL体の鏡像体ですので、既に知られているアラビナン分解酵素はLだけに作用し、D-アラビナンを分解することはできません。
 このようなD-アラビナンを分解する酵素endo-D-arabinanaseは、1971年に大阪大学歯学部の小谷尚三教授らが初めて見つけて報告しましたが、その後50年以上もの間、クローニングが行われず、酵素の機能解明は進んでいませんでした。藤田准教授らは、小谷教授らが用いた土壌細菌M-2株(現在の名前はMicrobacterium arabinogalactanolyticum JCM 9171株)の培養液の中からendo-D-arabinanaseを分離・精製して、その遺伝子(EndoMA1とEndoMA2)の同定に成功しました。また、近傍遺伝子のクローニングと性質決定を進めた結果、endo-D-arabinanaseによって切り出されたオリゴ糖をM-2株の菌体内に取り込んでD-アラビノースにまで完全分解するために必要な酵素であるexo-α-D-arabinofuranosidase (ExoMA1)とexo-β-D-arabinofuranosidase (ExoMA2)をコードする遺伝子のクローニングに成功しました(図)。 
 D-アラビナンはEndoMA1やEndoMA2によってオリゴ糖に分解された後、糖輸送体によってM-2株菌体内に取り込まれ、α結合を切断するExoMA1とβ結合を切断するExoMA2の作用によって完全にD-アラビノースの単糖にまで分解されます(図)。また、EndoMA1、ExoMA1、ExoMA2は伏信教授らによってX線結晶構造解析に成功し(図)、清水教授の解析によってEndoMA1が二量体構造をとることが明らかにされました。なお、詳細な酵素機能解析を行う上で、石渡博士らにより合成されたD-アラビナン基質や各種阻害剤の存在は必要不可欠でした。本研究により明らかにされた酵素群は自然界に広く分布しており、M-2株近縁のマイクロバクテリウム属やセルロモナス属やアグロマイセス属などの土壌細菌だけでなく、ヒトの胆嚢から分離されたディスゴノモナス属細菌やバクテロイデス属細菌のような腸内細菌、D-アラビナンを自身が持つ結核菌にも保存されています。
 D-アラビナンは、結核菌だけでなく、ハンセン病の原因となるらい菌や肺MAC症をはじめとした非結核性抗酸菌症の原因菌に含まれます。このため、本酵素群はD-アラビナン分解して解析するためのツールとしての高い価値があるだけでなく、相同遺伝子情報を利用した多様な基質特異性を有する分解酵素探索の指標となる点に置いても高い価値があります。
 この研究成果は、英国科学雑誌Natureの姉妹誌「Nature Communications」に掲載されました。


(図:D-アラビナン分解酵素群の結晶構造と分解経路)

掲載誌:Nature Communications (2023) 14: 5803
タイトル:Identification and characterization of endo-α-, exo-α-, and exo-β-D-arabinofuranosidases degrading lipoarabinomannan and arabinogalactan of mycobacteria著者:
#下川 倫子 (鹿児島大学農学部 研究員;当時) (鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科  特任助教;現在)
#石渡 明弘 (国立研究開発法人理化学研究所 専任研究員)
#鹿島 騰真 (東京大学大学院農学生命科学研究科 助教)

中島 千穂 (東京大学大学院農学生命科学研究科 大学院学生;当時)
李  家漫 (東京大学大学院農学生命科学研究科 大学院学生;当時)
福島 陸  (東京大学大学院農学生命科学研究科 大学院学生)
澤井 未視 (鹿児島大学農学部 大学院学生;当時)
中森 美紅 (鹿児島大学農学部 学部学生;当時)
田中 悠暉 (鹿児島大学農学部 学部学生;当時)
工藤 亜津紗(鹿児島大学農学部 学部学生;当時)
森上 紗衣 (鹿児島大学農学部 学部学生;当時)
岩永 菜央 (鹿児島大学大学院農林水産学研究科 大学院学生)
赤井 元気 (東京大学大学院農学生命科学研究科 大学院学生)
清水 伸隆 (高エネルギー加速器研究機構 教授)
荒川 孝俊 (東京理科大学薬学部 助教)
山田 千早 (明治大学農学部 専任講師)
北原 兼文 (鹿児島大学農学部 教授)
田中 克典 (国立研究開発法人理化学研究所 主任研究員)
伊藤 幸成 (大阪大学理学研究科 特任教授)

*伏信 進矢 (東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)
*藤田 清貴 (鹿児島大学農学部 准教授)

(#筆頭著者、*責任著者)

https://doi.org/10.1038/s41467-023-41431-2
公開日:2023年9月19日(現地時間)
https://doi.org/10.1038/s41467-023-41431-2

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